参考文献:Burke et al., Low carbohydrate, high fat diet impairs exercise economy and negates the performance benefit from intensified training in elite race walkers, Journal of Physiology, 595.9, 2785–2807, 2017
健康意識の高い皆さん、こんにちは。日々のトレーニング、楽しんでいますか? 最近、SNSや雑誌で「糖質制限(ローカーボ)ダイエット」や「ケトジェニック」という言葉をよく目にしますよね。「脂肪を燃やしやすい体になれば、マラソンも速くなるのでは?」「体が絞れて動きやすくなるはず!」と考えて、ご飯やパンを極端に減らしている方もいるのではないでしょうか。でも、もしその食事が、せっかくのハードなトレーニングの効果を「帳消し」にしているとしたらどう思いますか? 実は、「脂肪を燃やすこと」と「速く走ること」はイコールではないかもしれないのです。今回は、世界トップクラスのアスリートを対象に行われた衝撃的な研究をご紹介します。これを読めば、あなたの明日の食事選びが変わるかもしれません。
この論文の結論を一言でいうと、「極端な高脂肪・低糖質食(ケトジェニック食)は、脂肪燃焼能力を高めるものの、運動の『燃費』を悪化させ、トレーニングによるパフォーマンス向上を打ち消してしまう可能性がある」ということです。
オーストラリア国立スポーツ研究所(AIS)などの研究チームは、オリンピック出場レベルを含む世界トップクラスの競歩選手(男性21名)を対象に実験を行いました。選手たちは3週間の強化合宿に参加し、以下の3つのグループに分けられました。
1. 高糖質グループ(HCHO):常に十分な炭水化物を摂取する(従来のスポーツ栄養学的推奨)。
2. 糖質摂取のタイミングを調整するグループ(PCHO):総摂取量は1と同じだが、トレーニング内容に合わせて摂取タイミングを変える(ハードな練習前は多く、軽い練習前は少なくするなど)。
3. 低糖質・高脂肪グループ(LCHF):炭水化物を極端に制限し(1日50g未満)、エネルギーの約80%を脂肪から摂る(ケトジェニック食)。
3週間後、すべてのグループで厳しいトレーニングの成果として「最高酸素摂取量※1(エンジンの大きさ)」は向上しました。 しかし、実際のレースに近い10kmのタイムトライアルを行ったところ、高糖質グループと調整グループはタイムが大幅に向上(約6〜7%短縮)したのに対し、低糖質グループだけはタイムが向上しませんでした。低糖質グループは、脂肪をエネルギーとして燃やす能力は劇的に向上しましたが、同じ速度で歩くためにより多くの酸素を必要とするようになり、「燃費」が悪化してしまったのです。この結果は、運動強度が低いウォーキングや、健康目的のみのダイエットを行うすべての人にそのまま当てはまるとは限りません。
※1最高酸素摂取量(VO₂peak):全身持久力の指標。
重要ポイント
1. 「脂肪を燃やす」ことの代償は「酸素の無駄遣い」
この研究で最も重要な発見は、「脂肪はエネルギー源としては優秀だが、燃やすために多くの酸素を必要とする」という点です。 車に例えてみましょう。トレーニングによってエンジンの性能(最大酸素摂取量)がアップしても、使っているガソリンの質が悪くて燃費が悪ければ、結局スピードは出ません。 糖質(炭水化物)は、少ない酸素で効率よくエネルギーを生み出せる「ハイオクガソリン」です。一方、脂肪はエネルギー密度は高いものの、それを爆発的なパワーに変えるには大量の酸素を消費してしまいます。レースペースのようなキツい運動時には、酸素の供給がボトルネックになるため、酸素を浪費する「脂肪燃焼モード」は不利になってしまうのです。
2. 「糖質制限」はトレーニングの努力を無駄にする可能性がある
低糖質グループの選手たちも、他のグループと同じようにハードな練習をこなし、体力的には向上していました(VO₂peakの向上)。しかし、食事の内容が原因で、その体力アップを実際の速さに変換できませんでした。 「痩せるために糖質を抜く」という選択が、実は「速くなるための努力」を相殺してしまっているかもしれないのです。
3. メリハリをつける食事(PCHO)も効果的
常に大量の炭水化物を摂らなくても、ハードな練習の時にはしっかり摂り、軽い練習の時には少し控えるといった「メリハリ型(PCHO)」でも、高糖質グループと同様にパフォーマンスが向上しました。これは、一般のアスリートにとっても実践しやすい希望のあるデータです。
実践的なアドバイス
1. ハードな練習の日やレース前は、迷わず「ご飯」を食べよう
息が上がるようなランニングや、記録を狙うレースの日には、炭水化物は敵ではなく「最強の味方」です。エネルギー効率の良い糖質をしっかり体に入れておくことで、心肺機能への負担を減らし、最後までペースを維持できる可能性が高まります。
2. 「メリハリ摂取」を取り入れる
毎日どんぶり飯を食べる必要はありません。研究の「PCHOグループ」のように、強度の高いポイント練習の日はしっかり糖質を摂り、ジョグや軽めの筋トレの日は少し控えめにするなど、その日の運動強度に合わせて「燃料」を調整する習慣をつけましょう。 これなら、体型維持とパフォーマンス向上を両立しやすくなります。
「糖質は正義」だからといって、運動をしない日にまで菓子パンや甘いジュースを大量に摂るのはNGです。あくまで「運動のエネルギー源」として、質の良い穀物(ご飯、パスタ、オートミールなど)を中心に摂取しましょう。
この研究は非常に厳密に管理された素晴らしいものですが、批判的な視点として「3週間という期間は、体が脂肪利用に適応するには短すぎるのではないか?」という意見も存在します(ただし、脂肪酸化率は劇的に向上しており、適応自体は起きていたと考えられます)。 実生活での落とし穴は、ウルトラマラソン(100kmなど)のような超長時間・低強度の運動では、脂肪利用のメリットがデメリット(酸素コストの増大)を上回る可能性もゼロではない点です。しかし、ハーフマラソンやフルマラソンレベルで「タイムを狙う」のであれば、やはり糖質は無視できない重要なエネルギー源と言えるでしょう。
「脂肪燃焼=パフォーマンスアップ」という図式は、必ずしも正解ではありませんでした。 あなたの体は、あなたが食べたもので動いています。 明日のトレーニングでは、罪悪感を持たずに「おにぎり」を一つ食べてみてください。その一口が、あなたの体をより軽く、より遠くまで運んでくれるはずです。さあ、賢く食べて、楽しく走り出しましょう!

