参考文献:Ruple et al., The effects of resistance training to near failure on strength, hypertrophy, and motor unit adaptations in previously trained adults, Physiological Reports, 11, e15679, 2023.
筋トレに取り組む際、「もう一回も動けない」という限界まで追い込まなければ効果が出ないと思い込んでいませんか。多くのトレーニーが「No Pain, No Gain(痛みなくして得るものなし)」という言葉を信じ、毎セット自分を極限まで追い込んでいます。しかし、毎日のようにハードなトレーニングを続けていると、疲労が抜けなかったり、怪我の不安を感じたりすることもあるはずです。実は、最新の運動科学の研究によれば、必ずしも限界まで出し切らなくても、筋力や筋肉の成長には十分な効果があることが示唆されています。
この研究の結論を一言で言えば、「トレーニング経験者であっても、セット終了時に数回の余力を残すトレーニングは、限界まで追い込むトレーニングと同等の筋力向上と筋肉の成長をもたらす」というものです。
研究では、平均して約6年のトレーニング経験を持つ24歳前後の男女19名を対象に、6週間の実験が行われました。参加者は、毎セットの終了時に「あと何回できるか」という余裕度(RIR)に基づいて、以下の2つのグループに分けられました。
1. 低RIRグループ: 限界直前まで追い込むグループ(残りの余裕が0〜1回)
2. 高RIRグループ: 余裕を持ってセットを終えるグループ(残りの余裕が4〜6回)
両グループとも、スクワット、ベンチプレス、デッドリフトの主要な3種目を週2回行い、5週間の強化期間と1週間の負荷軽減期間(ディロード)を過ごしました。その結果、最大筋力(1RM)の向上幅や、超音波で測定した筋肉の太さの変化において、グループ間に明らかな差は見られませんでした。ただし、この研究は少人数のグループを対象とした短期間の調査であり、すべての人に同様の結果が当てはまるとは限りません。
※専門用語 ・剰余反復回数(RIR:Repetitions in Reserve):あと何回持ち上げることができたかという「余裕」の回数のことです。 ・最大筋力(1RM):1回だけ持ち上げることができる最大の重さのことです。 ・運動単位の発火頻度:筋肉を動かすために神経が送る命令の頻度のことです。 ・筋肉の横断面積:筋肉を輪切りにした時の面積で、筋肉の大きさ(太さ)の指標となります。
ポイント整理
第一のポイントは、「あと4〜6回できる」というかなりの余裕を持ってセットを終えても、最大筋力はしっかりと向上するということです。これはスマートフォンを充電する時に、バッテリーが0%になるまで待たなくても、少し減った段階でこまめに充電すれば十分使えるのと同じです。限界まで使い切らなくても、適切な重さ(最大筋力の65〜95%程度)を扱っていれば、体はそれに応じて強く適応してくれます。
第二に、筋肉の成長においても、追い込みの有無による差はほとんど確認されませんでした。以前は「限界まで追い込まないと筋肉を動かす神経がすべて使われない」と考えられていましたが、この研究では、余裕を残したグループでも筋肉を太くするのに十分な刺激が得られていたことが分かっています。
第三に、神経系の適応には違いがあることが発見されました。限界まで追い込むグループでは、軽い負荷を扱う際に働く「持久力の高い神経(運動単位)」の命令速度が速くなるという変化が見られました。これは非常に興味深い発見ですが、実際の最大筋力の向上という点では、余裕を残したグループと結果が変わらなかったことが重要です。
実践アドバイス
これからは、毎セットを「限界」にするのではなく、自分の「余力」を意識したトレーニングを取り入れてみましょう。具体的には、セットを終えた時に「あと2〜3回は正しいフォームで挙げられたな」と感じる程度の重さや回数に設定するのがおすすめです。これにより、筋肉や関節への過度な負担を抑えつつ、高い効果を維持することができます。
トレーニングを継続する上で最も大切なのは、怪我を防ぎ、心身ともに健やかな状態を保つことです。もしトレーニング中に痛みを感じたり、体調が優れなかったりする場合は、決して無理をせず、余裕をさらに増やして「あと8回はできる」という程度まで負荷を落とすか、思い切って休養を取る勇気を持ってください。
ただし、やりすぎないための注意点として、余裕を残しすぎて「全く疲れを感じない」レベルまで強度を下げてしまうと、期待するような効果が得られなくなる可能性があるため、あくまで「適度な努力」は必要です。
今回の研究は、参加者がわずか19名と少なく、かつトレーニング内容が参加者の自己申告(ログ)に基づいた非監視下で行われたため、データの正確性には慎重な判断が必要です。実生活で応用する際の落とし穴は、自分自身の「余裕(RIR)」の主観的な見積もりが、実際よりも甘くなってしまう可能性があることです。特に初心者の場合、あと5回できると思っていても実際は10回できてしまうことがあるため、時折、安全な範囲で自分の本当の限界を確認し、主観と客観のズレを修正する作業が欠かせません。
トレーニングは自分を痛めつけるための修行ではなく、より豊かな人生を送るためのツールです。最新の科学が教えてくれるのは、賢く、戦略的に「余裕」を残すことが、結果として長く強く成長し続けるための鍵になるということです。明日からのジムワークでは、少し肩の力を抜いて、動きの質と余力を楽しんでみてください。それこそが、あなたのウェルビーイングを最大化する近道です。

