参考文献:Houmard et al., Effects of exercise on mitochondrial oxygen uptake and respiratory enzyme activity in skeletal muscle, Journal of Biological Chemistry., 242(9), 2278–2282, 1967.
持久力の壁にぶつかっていませんか?「毎日走っているのに、なかなかタイムが伸びない」「坂道ですぐに息が切れてしまう」といった悩みを抱えてはいませんか?もっと練習量を増やさなければいけないと焦るかもしれませんが、実は持久力を高めるための正解は、がむしゃらな努力ではなく、私たちの筋肉の中にある小さな「発電所」をいかに強化するかに隠されています。持久力を決定づけるのは、根性ではなく筋肉の「質」が変化することにあるのです。
この研究の結論を一言でいうと、「適切な強度のトレーニングを継続することで、筋肉内のエネルギー工場であるミトコンドリアの能力を約2倍に高めることができる」というものです。※今回の論文は古い論文ですので、後日より最新の研究をまとめていく予定です。
研究では、6週齢のラットを対象に、12週間にわたるトレッドミルでのランニングプログラムを実施しました。徐々に負荷を増やしていく過酷なトレーニングを行った結果、運動をしていたグループは、運動不足のグループと比較して、疲労困憊になるまでの時間が約6倍(186分 対 29分)にまで伸びました。具体的には、筋肉が酸素を使ってエネルギー源を燃やす能力が2倍に向上し、それに伴ってエネルギー生産に関わるさまざまな酵素の活性も約2倍に増加していることが分かりました。この変化は、単に効率が良くなっただけでなく、ミトコンドリアを構成するタンパク質の量そのものが約60%も増えたことによるものです。
(※注 ・ミトコンドリア:細胞の中で酸素を使って、体を動かすためのエネルギーを作り出す細胞小器官。)
なお、この研究は動物(ラット)を対象とした実験であり、すべての人間にそのまま同じ数値が当てはまるとは限りません。
ポイント整理
1. 細胞内の「エネルギー工場」が増設される 筋肉を使い込むと、細胞の中ではミトコンドリアという「発電所」の数が増え、一つ一つの工場の規模も大きくなります。これにより、より多くの酸素を取り込み、より効率的にエネルギー(ATP)を生み出せるようになります。これは、今まで小さなエンジンで必死に走っていた車が、巨大で高効率な最新ハイブリッドエンジンに積み替わるような劇的な変化です。
2. 「疲れにくい体」の正体は、燃料の燃焼効率にある 体力がつくと、激しい運動をしても血中の乳酸が溜まりにくくなります。これは、増設されたエネルギー工場が、酸素を使って燃料をきれいに燃やし尽くしてくれるため、いわゆる「燃えカス」である乳酸の発生を抑えられるからです。結果として、今までなら息が上がっていたペースでも、余裕を持って走り続けられるようになります。
実践アドバイス
この研究で最も注目すべきは、「楽すぎる運動」では筋肉の劇的な進化は起きなかったという点です。過去の実験では、1日30分の緩やかな水泳ではミトコンドリアの酵素活性に変化が見られませんでした。筋肉の発電所を増設するには、段階的に負荷を高めていく「漸進性(ぜんしんせい)」が不可欠です。
まずは週に1〜2回、いつものジョギングの最後に「少し息が切れるけれど、数分間なら維持できる」という程度のペースアップを取り入れてみてください。この「少しの背伸び」が、あなたの細胞を呼び覚ますスイッチになります。
ただし、注意点が一つだけあります。ミトコンドリアの合成には時間がかかるため、焦って毎日限界まで追い込むのは禁物です。オーバートレーニングは怪我のリスクを高め、逆効果になります。また、体調に不安がある場合や、持病がある方は、決して無理をせず医師に相談した上で運動を行ってください。
この研究は1967年に発表された歴史的な名著であり、運動生理学の基礎を築きましたが、あくまで管理された環境下の動物実験であるという限界があります。実生活に応用する際の最大の「落とし穴」は、栄養と休息の視点が欠落しやすいことです。論文ではエネルギー工場の増設が確認されましたが、現実の人間においてこれを行うには、新しいタンパク質を作るための十分な材料(食事)と、工場を建設するための工事期間(睡眠・休息)がセットで必要になることを忘れてはいけません。
私たちの筋肉は、私たちが想像する以上に賢く、適応能力に満ち溢れています。今日流す一滴の汗は、単にカロリーを消費するだけでなく、あなたの細胞の中で新しい「エネルギー工場」を建設するための大切な投資なのです。焦らず、しかし着実に負荷を積み重ねて、自分史上最高の「タフな自分」を手に入れましょう!筋肉という工場をイメージしてみてください。これまでは少数の従業員が古い機械で必死に働いていましたが、トレーニングという「設備投資」を行うことで、最新の設備と倍増したスタッフが揃った、活気あふれる巨大工場へと生まれ変わるのです。

