参考文献:Lansley et al., Dietary nitrate supplementation reduces the O2 cost of walking and running: a placebo-controlled study, J Appl Physiol, 110, 591–600, 2011
日々のトレーニングに励む中で、「もっと楽に、長く走れたらいいのに」と感じることはありませんか?特にマラソンや長距離ウォーキングの後半、息が上がって足が止まりそうになるあの感覚は、誰しもが克服したい壁です。「練習量を増やすしかない」と思いがちですが、実は食事のアプローチで、その壁を少し低くできる可能性があります。今回ご紹介するのは、ある特定の野菜ジュースを飲むだけで、まるで車の燃費が良くなるように、身体の酸素消費量が減るという驚きの研究です。実は、スーパーフードとして注目される「ビーツ」のジュースを数日間飲むだけで、運動中のエネルギー効率が劇的に改善するかもしれないのです。
この論文の結論を一言でいうと、「硝酸塩(しょうさんえん)を豊富に含むビーツジュースを継続して飲むと、ウォーキングやランニング時の酸素の無駄遣いが減り、持久力が向上する」ということです。
イギリスのエクセター大学の研究チームは、健康で活動的な男性9名を対象に、厳密な実験を行いました。被験者は以下の2つの条件で、それぞれ6日間ずつ過ごしました。
1. ビーツジュース摂取群: 硝酸塩を豊富に含む本物のビーツジュースを毎日500ml飲む。
2. プラセボ(偽薬)群: 味や見た目は同じだが、特殊なフィルターで硝酸塩だけを取り除いたジュースを毎日500ml飲む。
その結果、硝酸塩入りの本物のビーツジュースを飲んだ期間では、以下の変化が見られました。
• 酸素コスト※1の減少: 軽いウォーキング中の酸素消費量が約12%、中強度のランニング中では約7%も減少しました。つまり、同じスピードで動いているのに、より少ない酸素で済むようになったのです。
• 持久力の向上: 高強度のランニングで疲労困憊になるまでの時間を計測したところ、プラセボ群に比べてタイムが約15%も延長しました(平均7.6分から8.7分へ)。
• 血圧の低下: 安静時の収縮期血圧(上の血圧)が有意に下がりました。
※1酸素コスト(O₂ cost)とは、一定の運動を行うために身体が必要とする酸素の量のことです。これが低いほど「燃費が良い」状態と言えます。
重要ポイント
1. あなたの身体が「ハイブリッドカー」に進化する
車に例えるなら、この現象はガソリン車から燃費の良いハイブリッドカーに乗り換えたようなものです。普段と同じスピードで走っていても、エンジン(筋肉)が必要とするガソリン(酸素)の量が減るため、タンクの中身が長持ちします。トレーニングによって心肺機能を強化するには長い時間がかかりますが、この研究ではわずか4〜6日の摂取で身体が「省エネモード」に切り替わったという点が画期的です。
2. 筋肉の収縮効率がアップする
なぜ酸素が節約できるのでしょうか?研究チームは、ビーツに含まれる硝酸塩が体内で「一酸化窒素(NO)」という物質に変わり、これが筋肉の働きを助けていると考えています。具体的には、筋肉が収縮する際のエネルギーロスを減らしたり、血管を広げて血流をスムーズにしたりすることで、無駄な力を使わずに身体を動かせるようになるのです。
3.「きつい!」と感じてからの粘りが増す
この研究で特に注目すべきは、強度の高いランニングでの「粘り」が増したことです。レース終盤や坂道ダッシュのような場面で、いつもなら「もう無理だ」と足を止めてしまうところから、さらに15%長く走り続けられる可能性があります。これは記録更新を目指すランナーにとって、非常に大きなアドバンテージとなります。
実践的なアドバイス
「勝負の1週間前」からビーツを取り入れる
マラソン大会や記録会、あるいは長時間のハイキングなどがある場合、その1週間前からビーツジュース(またはビーツそのもの)を摂取してみましょう。日本国内では生のビーツは手に入りにくいこともありますが、輸入食品店や通販で「ビーツジュース」や「ビーツパウダー」として購入可能です。また、ビーツほど含有量は多くありませんが、ほうれん草、春菊、レタス、ルッコラなどの葉物野菜にも硝酸塩は含まれています。「大事な日の前はサラダを山盛り食べる」だけでも、意識しないよりは良いコンディション作りになるでしょう。
「飲めば飲むほど速くなる」わけではありません。硝酸塩には血管を広げて血圧を下げる作用があるため、過剰に摂取すると血圧が下がりすぎてめまいを起こしたり、お腹が緩くなったりする可能性があります。特に低血圧の方や降圧剤を服用中の方は、医師に相談の上、少量から試すようにしてください。
この研究は、プラセボ(硝酸塩を除去したジュース)を対照群に置くことで、純粋に硝酸塩の効果を証明した点で非常に質が高いと言えます。しかし、実生活で応用する際には、論文のメソッド(手法)に隠された「ある重要な条件」を見落としてはいけません。それは、「マウスウォッシュ(洗口液)を使ってはいけない」という点です。 野菜に含まれる硝酸塩が体内で効果を発揮するためには、口の中に住んでいる特定の細菌が、硝酸塩を「亜硝酸塩」という物質に変換してくれる必要があります。強力な殺菌作用のあるマウスウォッシュを使ってしまうと、この良性な細菌まで死滅してしまい、せっかくビーツジュースを飲んでも効果が得られない可能性が高いのです。本気で「ビーツ・ドーピング」を試す期間は、過度な口腔殺菌は避けるのが賢明でしょう。入れましょう。
「食べるものが体を作る」とはよく言いますが、今回の研究は「食べるものが走りを変える」ことを科学的に証明してくれました。 厳しいトレーニングももちろん大切ですが、たまにはスーパーマーケットの野菜売り場で、真っ赤なビーツや緑の葉野菜を手に取ってみてください。その一杯のジュースが、あなたの自己ベスト更新を後押ししてくれるかもしれません!
